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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)228号 判決

東京都豊島区上池袋3丁目16番6号

原告

染谷宣男

同訴訟代理人弁理士

高橋康夫

横沢志郎

東京都港区赤坂9丁目1番7-449号

被告

オヒロ有限会社

(組織変更前の名称 オヒロ株式会社)

同代表者取締役

小田切忠正

同訴訟代理人弁理士

山本彰司

群馬県高崎市江木町275番地

被告

株式会社マリンコーラル

同代表者代表取締役

上原晋

同訴訟代理人弁護士

安田有三

同弁理士

川上宣男

弁護士安田有三復代理人弁護士

小南明也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成4年審判第18471号・同年審判第24602号事件について平成7年7月25日にした審決を取り消す訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

2  被告ら

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「飲料水等の水質改良材」とする特許第1652802号発明(昭和54年10月27日にした特許出願を昭和63年7月15日に分割出願、平成3年2月21日に出願公告、平成4年3月30日に設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。

被告オヒロ有限会社は、平成4年9月29日に本件特許の無効審判(平成4年審判第18471号)を請求し、被告株式会社マリンコーラルは、同年12月25日に本件特許の無効審判(平成4年審判第24602号)を請求した。

両事件は併合して審理された結果、平成7年7月25日、「特許第1652802号発明の特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は同年8月21日に原告に送達された。

2  本件発明の要旨

実質的に塩分を含まない炭酸カルシウムを主成分とする砂状のサンゴ化石又はコーラルサンドを加熱し活性化して成る飲料水等の水質改良材。

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  本件発明の出願前に頒布された刊行物である実願昭52-6444号(実開昭53-102258号)の願書に添付した明細書及び図面のマイクロフイルム(以下「引用例1」という。)には、「本考案は、家庭用の水槽などの水質の安定化を図る充填体に関するものである。本考案に係る水質安定化充填体は、周囲をシールした繊維質容器にコーラルサンドを充填してなる。」(1頁8~12行)が記載され、「コーラルサンド(サンゴ砂)は、亜洋性のサンゴ泥帯とサンゴ礁縁の間に分布する比較的粒の粗い石灰質の物質であって、・・・その殆んどが炭酸カルシウムからなっている。そして、不規則な凹凸や細孔が無数にあるため、表面積が大きくかつ粒子と粒子との間には必ず空隙を生ずることになり、・・・次のような各種の性状を示す。(1)水中に溶解している炭酸ガスを始めとする酸性物質をカルシウム塩に変換させる・・・(3)酸性液を中和しながらカルシウム分を僅かづつ溶出するので、継続的にpH調節作用とカルシウムの補給作用とを営む(4)・・・コーラルサンドは鉄、カドミウム、銅、水銀、クロム(三価)などの重金属イオンを吸着する能力にすぐれ、・・・このように、コーラルサンドはpHの調節、炭酸ガス、硫化水素、アンモニア、重金属イオンなどを除去し、水質の安定化を達成し、また透明度も改善する働きを示す。このような水質安定化作用を営むコーラルサンドを繊維質容器に充填した水質安定化充填体は、特に家庭で用いられる飲料用水槽・・・の水質の持続的な安定化作用を有効に達成させる」(2頁1行~3頁13行)ことが記載されている。

特開昭53-94290号公報(以下「引用例2」という。)には、「実質的に塩分を含有しないサンゴ化石が200~800℃好ましくは500~700℃で焼成され、冷却後、粉砕され20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュの粒度を有する重金属イオン用サンゴ化石吸着剤。」(特許請求の範囲第1項)が記載されており、発明の目的として、「サンゴ化石は本土の石灰岩に比し極めて多孔性であるため、重金属イオンの吸着除去率が優れており、・・・しかしながら、天然物そのままのサンゴ化石では吸着能が弱くて、その寿命が短かく不均一であるため実用化されるに到っていない。本発明の第1の目的は多孔性サンゴ化石の吸着性特に重金属イオンの吸着性を向上改良し産業上使用できる重金属イオン用サンゴ化石吸着剤を提供する」(2頁左上欄6~16行)ことが記載され、サンゴ化石の説明として、「琉球列島付近には、サンゴ礁の産地を控えており、その採掘可能な埋蔵量は50億トンと推定され豊富な資源として有効利用が期待されている。サンゴ化石は方解石を主成分とし、若干の霰石を含有しているもので、第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺該から構成されたもので非常に多孔性の化石である。」(1頁右下欄14~20行)が記載され、効果として、「200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。・・・焼成したままの20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュに粉砕した焼成サンゴ化石は焼成前のものより吸着性の向上が認められた。」(2頁右下欄11~19行)が記載され、焼成に関し、「小さい実験ではルツボで焼く事もできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉等が好ましい。」(2頁右下欄6~10行)が記載されている。

(3)  本件発明と引用例1に記載の発明とを対比すると、後者の水質安定化充填体は飲料水の水質を安定化させるものであり後者のコーラルサンドもその使用目的からみて実質的に塩分を含まないことは明らかであるから、両者は「実質的に塩分を含まない炭酸カルシウムを主成分とする砂状のコーラルサンドから成る飲料水等の水質改良材。」とした点で一致し、前者がコーラルサンドを加熱し活性化したのに対し、後者はコーラルサンドを加熱していない点で相違している。

(4)  そこで、上記相違点について検討すると、引用例2には、多孔性サンゴ化石を焼成することにより吸着性を向上させることが記載されている。

そして、引用例2における焼成とはその具体的記載である「小さい実験ではルツボで焼くこともできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉が好ましい。」から見て、加熱することと格別相違するものとは認められず、本件発明の加熱と表現上の相違にしかすぎない。

また、本件特許明細書の「加熱活性化により細孔が発達すること」の記載、表2に原水中の残留塩素が濾過水では不検出になることが記載されていることからみて、本件発明においてもコーラルサンドを加熱することにより原水中の残留塩素などの不純物を吸着して除去する能力が向上するものと認められるので、本件発明の「加熱して活性化する」は、その具体的な作用として加熱することにより吸着性が向上することを含むものと認められる。

してみると、本件発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるものの、これらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。

そして、引用例2のサンゴ化石も第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺骸から構成されたもので非常に多孔性の化石であることからみて、本件発明のサンゴ化石又はコーラルサンドとその性質が格別相違するものとは認められないことからみて、前記相違点のように、コーラルサンドを加熱し活性化させることは当業者が容易になし得たものと認める。

したがって、本件発明は引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認める。

(5)  以上のとおりであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項の規定に該当し無効とすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。

審決は、審判請求人適格に関する判断を遺脱し、かつ、相違点についての判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  判断の遺脱(取消事由1)

原告は、本件審判手続において、被告オヒロ有限会社は浄水器に関する事業をしていないこと、被告株式会社マリンコーラルに対しては、原告において差止請求権を行使しないとの陳述をしていることを理由として、上記両者には本件審判請求の利益がない旨主張し、本件審判請求をいずれも却下するよう申し立てた。

しかるに審決は、上記申立てに対する判断をなさなかったもので違法である。

(2)  相違点の判断の誤り(取消事由2)

〈1〉 審決は、引用例2における焼成と本件発明における加熱とは表現上の相違にしかすぎないとしているが、誤りである。

焼成と加熱とは技術用語として明らかに異なるものである。すなわち、一般的な用語として「焼成」とは、「加熱」によって原料を分解したり、粘土や素地を硬い石質にしたり、色調を与えたり、強度や硬度を増したりさせ、別の効果を与える操作をいうが、より専門的には、「鉱物加工工業において広く用いられる高温処理の一方式」と定義されるものであって、焼成目的としては、熱分解、合成、置換などの化学反応、焼結などを挙げることができる。

引用例2の記載によると、サンゴ化石を200~800℃で焼成しこれを粉砕して20~100メッシュ程度のものにするというのであるが、ここでいう「焼成」は、熱分解によリサンゴ化石に含まれる炭酸カルシウムを生石灰(酸化カルシウム)に変えることであり、まさに上記意義における「焼成」がなされているものである。

〈2〉 コーラルサンドやサンゴ化石などの炭酸カルシウムを主成分とする物質を加熱すると、400℃あたりから除々に熱分解が始まり700~900℃でピークに達する。したがって、引用例2には、サンゴ化石の焼成温度として200~800℃との記載があるものの、好ましくは500~700℃と記載され、実施例では2例とも650℃が示されている。引用例2の発明は、焼成によりサンゴ化石の主成分たる炭酸カルシウムを酸化カルシウムに変質せしめている。すなわち、重金属イオンをサンゴ化石と反応させて難溶の炭酸塩として沈澱分離するだけでは不十分であるため、焼成によって酸化カルシウムに変化させ、これを用いてpHを11以上に上げ、重金属イオンを更に難溶な水酸化物として沈澱分離の効果を高めようとするものである。したがって、200~400℃程度の加熱では、この発明の目的を達成することができないのであって、引用例2には、本件発明の加熱活性化については実質的に開示されていないものというべきである。

そして、周知のように、酸化カルシウムの水溶液は、生じた水酸化カルシウムの加水分解の結果、強いアルカリ性を呈するので飲料水には適さない。引用例2の発明はあくまでも重金属イオン分離塔に用いられる水を対象とする重金属吸着剤であって、飲料水の水質改良材とは全く異なるものであり、飲料水への適用を示唆する記載はない。

他方、本件発明における加熱は、引用例2におけるような焼成を目的とするものではなく、コーラルサンドが本来有している性質を活性化させるためのものである。したがって、加熱は引用例2におけるような高温のものであってはならない。

上記のとおり、引用例2の発明は、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させることにより、重金属を水に難溶のものとし、沈澱分離効果を促進させるというものであるのに対し、本件明細書に「加熱活性化により細孔が発達し、10~50μの多数の細孔を有し、また、極めて大きな表面積と水の透過性を有する。この水質改良材は水中に投入されると適量のカルシウムその他の金属イオンが溶出されることになる。」と記載されているように、本件発明は、加熱によって表面積を増大させることなどにより物理的に吸収能力を増大させようというものである。したがって、等しく吸着性の向上といっても、両者は吸着のメカニズムを全く異にしている。さらに本件発明においては、加熱の結果、コーラルサンド中に含まれる炭酸カルシウムなどのミネラルを溶出しやすくするという、引用例2にはない別の効果も生じるものである。

上記のとおりであるから、「本件発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるもののこれらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。」とした審決の判断は誤りである。

〈3〉 以上のとおり、本件発明と引用例2の発明とは、コーラルサンドとサンゴ化石の点で相違し、加熱活性化と焼成の点で相違し、引用例2の発明はサンゴ化石を焼成することにより重金属吸着性を改善しているのであり、カルキ臭やミネラル化については言及していないものであって、引用例2には、本件発明における加熱活性化については実質的に開示されていないものというべきであるから、「相違点のように、コーラルサンドを加熱し活性化させることは当業者が容易になし得たものと認める。」とした審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告らの反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。

審決に判断遺脱の違法はなく、また、審決の認定判断は正当である。

2  反論

(1)  取消事由1について

審決書において、争訟要件に関する判断の記載がないとしても、本案についての判断がなされている以上、その前提として、争訟要件が存在するとの判断がなされていることは間違いないのである。

したがって、本審決書においては、請求人適格に関する判断が黙示的に記載されているのであり、審決に判断遺脱の違法はない。

(2)  取消事由2について

本件発明は、「活性化」を目的として「加熱」が行われるものである。一方、引用例2の発明も、「(焼成温度が)200℃以下では焼成効果が少なく、・・・800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する」(甲第4号証2頁右下欄11行ないし14行)と記載されていることから明らかなように、目的をもった「加熱」である。

してみると、本件発明における加熱及び引用例2における焼成は、いずれも目的をもった加熱であって、両者は表現上の相違にしかすぎない。

また、引用例2における焼成は、サンゴ化石を生石灰に変えることではなく、これとは逆に、サンゴ化石の主成分である炭酸カルシウムが分解することがないように加熱するものであり、本件発明も引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるものの、これらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものではない。

第4  証拠

本件記録中の書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)、及び、審決の理由の要点(2)(引用例1、2の記載事項の摘示)、同(3)(本件発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定)については、当事者間に争いがない。

2  取消事由1について

(1)  甲第5号証の1・2、甲第6号証の1ないし3によれば、本件審判事件において、原告(被請求人)は、被告オヒロ有限会社(請求人)は浄水器に関する事業をしていないこと、被告株式会社マリンコーラル(請求人)に対しては、原告において本件発明の特許権に基づく差止請求権を行使しないとの陳述をしていることなどを理由として、上記両者にはいずれも本件審判請求の利益がない旨主張し、本件審判請求をいずれも却下するよう申し立てたことが認められる。

(2)  本件審決書(甲第1号証)には、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項の規定に該当し無効とすべきものである、との判断のみが示されていて、上記申立てに対する明示的な判断は示されていない。

特許無効審判請求事件において、審判請求人に当該審判請求の利益があるか否かは当該審判請求の適法性に関わる事項であるから、その点については、実体的な請求の当否の判断に先立って決すべき事項であることはいうまでもないところ、本件審決において、上記のとおり実体的な判断が示されていることからすると、審決は、被告両名(請求人)に本件審判請求の利益があり、原告(被請求人)の前記申立ては理由がないものと黙示的に判断しているものと認めるのが相当である。しかして、甲第5号証の1・2、甲第6号証の1ないし3及び弁論の全趣旨によれば、被告株式会社マリンコーラルは浄水用濾材の製造及び販売等を業とする会社であり、各種浄水材を製造販売しているところ、原告が代表取締役である訴外マリーンバイオ株式会社から同被告の取扱商品は本件特許権を侵害する旨の警告を受けたこと、被告オヒロ有限会社は家庭用・業務用浄水器の製造及び販売を目的とする会社であることが認められ、これらの事実によれば、審決の上記判断に誤りがあるとは認め難く、明示的な判断を示さなかった点は適切ではないが、審決に取り消すべき違法があるとは認められない。

したがって、取消事由1は理由がない。

3  取消事由2について

(1)  本件発明の明細書(甲第2号証)には、「上記活性化したコーラルサンドは、加熱活性化により細孔が発達し、10~50μの多数の細孔を有し、また、極めて大きな表面積と水の透過性を有する。この水質改良材は水中に投入されると適量のカルシウムその他の金属イオンが溶出されることになる。」(3欄23行ないし28行)、「表2及び表3から明らかなように、本発明の水質改良材を使用することにより、水道水のカルキ臭(残留塩素)が除去されると共に、徐々にカルシウムなどが溶出して酸性からアルカリ性に転じ、ミネラルウォータとなることが分かる。」(4欄22行ないし26行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、本件発明において、サンゴ化石又はコーラルサンドを加熱することによってサンゴ化石又はコーラルサンドの細孔が発達し、原水中の残留塩素などの不純物を吸着して除去する能力が向上し、またミネラルが溶出しやすくなるものであることが認められ、本件発明における「加熱して活性化する」は、その具体的作用として、加熱することにより吸着性が向上することを含むものということができる。

(2)  引用例2(甲第4号証)に、「実質的に塩分を含有しないサンゴ化石が200~800℃好ましくは500~700℃で焼成され、冷却後、粉砕され20~100メッシュ好ましくは60~80メッシュの粒度を有する重金属イオン用サンゴ化石吸着剤。」(特許請求の範囲第1項)が記載されており、発明の目的として、「サンゴ化石は本土の石灰岩に比し極めて多孔性であるため、重金属イオンの吸着除去率が優れており、・・・しかしながら、天然物そのままのサンゴ化石では吸着能が弱くて、その寿命が短かく不均一であるため実用化されるに到っていない。本発明の第1の目的は多孔性サンゴ化石の吸着性特に重金属イオンの吸着性を向上改良し産業上使用できる重金属イオン用サンゴ化石吸着剤を提供する」(2頁左上欄6行ないし16行)ことが記載され、サンゴ化石の説明として、「琉球列島付近には、サンゴ礁の産地を控えており、その採掘可能な埋蔵量は50億トンと推定され豊富な資源として有効利用が期待されている。サンゴ化石は方解石を主成分とし、若干の霰石を含有しているもので、第4紀の地質時代のサンゴ、有効虫石灰藻、軟体動物遺骸から構成されたもので非常に多孔性の化石である。」(1頁右下欄14行ないし20行)が記載され、効果として、「200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。・・・焼成したままの20-100メッシュ好ましくは60-80メッシュに粉砕した焼成サンゴ化石は焼成前のものより吸着性の向上が認められた。」(2頁右下欄11行ないし19行)が記載され、焼成に関し、「小さい実験ではルツボで焼く事もできるが加熱を受ける周辺と内部との温度差があると焼成むらを生じ吸着性にも影響する。均一加熱が達成できるためには、例えば回転炉等が好ましい。」(2頁右下欄6行ないし10行)が記載されていることは、当事者間に争いがない。

引用例2の上記各記載によれば、引用例2の発明における焼成は均一加熱が好ましいものとされ、その焼成温度は200~800℃であり、焼成することによりサンゴ化石の吸着性が向上改良されるものであることが認められる。

(3)  上記(1)、(2)によれば、引用例2の発明における焼成と本件発明における加熱活性化とは、いずれも吸着性の向上をもたらすものであって、その技術的意義において格別相違するところがあるとは認められず、したがって、審決が、「本件発明と引用例2の発明も、コーラルサンドとサンゴ化石の違いはあるもののこれらを加熱することにより活性化する点において格別異なるものとは認められない。」と判断した点に誤りはないものというべきである。そして、コーラルサンドとサンゴ化石とは、いずれも炭酸カルシウムを主成分とする多孔質体であって、その基本特性において格別異なるものとは認められないことを併せ考えると、引用例1の発明に引用例2の発明を適用して、コーラルサンドを加熱し活性化させるようにすることは、当業者において容易に想到し得る程度のことと認められる。

(4)〈1〉  原告は、審決が、引用例2における焼成と本件発明における加熱とは表現上の相違にしかすぎないとした点の誤りを主張する。

「焼成」について、甲第7号証の1ないし3(「国語大辞典言泉」株式会社小学舘発行)には、「ある材料や品物を加熱して変化を生じさせ、別の効果を与える操作。原料を分解したり、粘土や素地を硬い石質にしたり、色調を与えたり、強度・硬度を増したりすることなど。」と定義され、甲第8号証の1ないし3(「化学大辞典4」共立出版株式会社発行)には、「窯業などの鉱物加工工業において広く用いられる高温処理の一方式。・・・焼成目的には熱分解、合成、置換などの化学反応、焼結などがあげられる。・・・焼成時の処理温度には決まった限界はない。」と記載されていることが認められる。

しかし、本件に則していえば、上記(3)に説示したとおり、引用例2の焼成は、本件発明における加熱活性化と技術的意義において格別異なるところはないから、審決の上記認定に誤りがあるとはいえず、原告の上記主張は採用できない。

〈2〉  原告は、引用例2にはサンゴ化石の焼成温度として200~800℃との記載があるものの、引用例2の発明は、重金属イオンをサンゴ化石と反応させて難溶の炭酸塩として沈澱分離するだけでは不十分であるため、焼成によって酸化カルシウムに変化させ、これを用いてpHを11以上に上げ、重金属イオンを更に難溶な水酸化物として沈澱分離の効果を高めようとするものであるから、200~400℃程度の加熱では引用例2の発明の目的を達成することはできないのであって、引用例2には、本件発明の加熱活性化については実質的に開示されていないものというべきである旨主張する。

確かに、引用例2には、「焼成の好ましい温度は500~700℃である。」(甲第4号証2頁右下欄14行、15行)と記載され、引用例2に記載の実施例では2例とも焼成温度が650℃であることが認められる。しかし、引用例2の特許請求の範囲には、サンゴ化石の焼成温度は「200~800℃」と明示され、発明の詳細な説明には、「200℃以下では焼成効果が少なく、又長時間を要する。800℃を越すとサンゴ化石の主成分である石灰石(炭酸カルシウム)の分解を起こし粉化する。」(同2頁右下欄11行ないし14行)と記載されており、これらの記載と、甲第9、第11、第12号証によれば、コーラルサンドやサンゴ化石中の主成分である炭酸カルシウムの分解は500℃前後から始まるものと認められることからすると、引用例2の発明において、サンゴ化石中の炭酸カルシウムが酸化カルシウムに変わることのない200~500℃の温度範囲においても焼成効果が得られるものと認められる。

また、引用例2の吸着法において水溶液のpH値を高くしなければならないという必然性を認めることはできない。

したがって、原告の上記主張は採用できない。

〈3〉  原告は、引用例2の発明はあくまでも重金属イオン分離塔に用いられる水を対象とする重金属吸着剤であって、飲料水の水質改良材とは全く異なるものであり、飲料水への適用を示唆する記載はない旨主張する。

しかし、審決は、本件発明がコーラルサンドを加熱し活性化したのに対し、引用例1の発明はコーラルサンドを加熱していないという相違点について判断するに当たり、本件発明の「加熱して活性化する」というのは、加熱することにより吸着性が向上することと認定し、引用例2には焼成により吸着性を向上させることが開示されていることから、引用例2を引用したものであって、引用例2の技術が飲料水に直接適用されるものとして引用しているわけではない。

したがって、引用例2に原告主張の上記事項が開示、示唆されていないからといって、本件発明の容易推考性の判断が妨げられるものではない。

なお、コーラルサンドを飲料水の水質改良材として用いた場合に飲料水のミネラル化が得られることは、引用例1にすでに開示されているところである。

〈4〉  原告は、引用例2の発明は、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させることにより、重金属を水に難溶のものとし、沈澱分離効果を促進させるというものであるのに対し、本件発明は、加熱によって表面積を増大させることなどにより、物理的に吸収能力を増大させようというものであって、等しく吸着性の向上といっても、両者は吸着のメカニズムを全く異にしている旨主張する。

しかし、引用例2の発明を、炭酸カルシウムを焼成して酸化カルシウムに変化させるものであることのみに限定して主張する点で失当であり、採用できない。

〈5〉  以上のとおりであって、相違点についての審決の判断に誤りはなく、取消事由2は理由がない。

4  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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